大判例

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仙台高等裁判所 昭和34年(ネ)486号 判決

控訴人(原告) 米内福蔵

被控訴人(被告) 岩手県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人が昭和二三年八月一日付岩手と第五、七四四号買収令書をもつて、久慈市大川目町第一七地割六九番字沼田田一反九畝四歩につきなした買収処分及び被控訴人が昭和二四年四月一日付各売渡通知書をもつて、同土地のうち、九畝四歩を訴外森孫蔵に、一反歩を訴外添田兼吉にそれぞれ売渡した処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出・援用・認否は、次に記載する事項のほか、すべて原判決摘示事実と同一であるからこれを引用する。

(控訴代理人の陳述)

大川目村農地委員会は、本件農地が昭和二〇年一一月二三日(基準日)において控訴人の自作地であることを認め、昭和二三年三月三〇日もと本件農地の小作人であつた訴外添田兼吉・森孫蔵の昭和二二年法律第二四〇号農地調整法の一部を改正する法律附則第三条にもとづく本件農地についての賃借権回復協議承認申請に対し、不承認の裁定をなした。ところが右訴外人らは右裁定に対し岩手県農地委員会に訴願し、同委員会は、同年四月二二日本件農地を基準日において右訴外人らの小作地であつたと認め、同農地につき賃借権を設定する旨の裁決をなし、同年五月一九日大川目村農地委員会を通じ控訴人をして同訴外人らに本件農地を引渡させたうえ、同月二五日強硬に大川目村農地委員会に指示して旧自作農創設特別措置法第三条第一項第二号の規定にもとづき、所定の保有面積を超えた小作地として本件農地の買収計画を樹立させ、自ら承認手続をなし、被控訴人において本件農地に対する買収令書を発行し買収処分をなした。

ところで、控訴人は盛岡地方裁判所に対し右裁決取消請求の訴を提起し(同庁昭和二三年(行)第八一号)、基準日において本件農地は控訴人の自作地であつたことが認められ、前記裁決を取消す旨の判決が言渡され、岩手県農地委員会はこれを不服として控訴(仙台高等裁判所昭和二四年(ネ)第一五七号)したが、昭和二六年五月四日控訴棄却の判決が言渡され、該判決は確定した。

右確定判決は、関係行政庁を拘束し、被控訴人は本件農地を自作地として取扱わなければならない筋合である。しかるに本件農地の買収処分は右確定判決に矛盾し、これが効力を抹殺するものである。

元来村農地委員会の賃借権回復協議不承認の裁定に対しては訴願は許されないのであり、かかる不適法な訴願に対し賃借権を設定する裁決をなすがこときは越権も甚しい。特に岩手県農地委員会が自ら誤まれる主張を支持するため、大川目村農地委員会に指示して、本件農地の買収計画を樹立させるごときは違法たるを免れない。

本件農地の買収処分に包蔵する幾多の過誤は、単に自作地を小作地と誤認した場合とは異なり、控訴人の権利を侵害することの甚しきものであつて、その瑕疵は重大かつ明白であるから無効というべきである。

(被控訴代理人の陳述)

(一) 自作地を小作地と誤認した買収処分も当然に無効ではなく、その誤認が処分成立の当初からその誤認であることが外形上客観的に一見明白である場合に限り無効であると解すべきである。控訴人は、本件農地の賃貸借契約は基準日の前々日小作人である添田兼吉・森孫蔵との間においてそれぞれ合意のうえ解約した旨主張していたのであるけれども、右小作人らはこれを争い、岩手県庁農地課が現地調査を行つた際にもその判定は困難な状況にあり、昭和三三年三月三〇日大川目村農地委員会においても右合意解約の成否について委員の意見が四対三と対立し、当時本件農地が明らかに自作地であると判定できる状況にあつたものではないから、本件農地の買収処分の瑕疵が外形上客観的に一見明白であるとはいえない。

(二) 控訴人主張の訴願裁決取消請求事件に関する判決は、本件農地の買収及び売渡処分に対し、なんら影響を及ぼすべき性質のものではない。しかも右判決は昭和二六年六月二八日確定したのであつて、これより先になされた本件農地の買収処分(昭和二三年九月八日控訴人に対し買収令書を交付してなした。)及び売渡処分(昭和二四年七月二日従前の小作人である添田兼吉及び森孫蔵に対し各売渡通知書を交付してなした。)には、いかなる意味合においても影響を及ぼすべきいわれはない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

(一)  当裁判所は次に判断を付加するほか、事実の確定及び法律判断については、原審と所見を同じくするから原判決の理由を引用する。控訴人が当審において新たに提出、援用する証拠を吟味するも原判決の認定を変更することができない。

(二)  成立に争のない甲第二号証の一・二、第三ないし第六号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証、第一三ないし第一七号証の各二、原審証人村田文一、当審証人小倉与七郎の各証言を総合すると、大川目村農地委員会は、本件農地の小作人であつた訴外添田兼吉・森孫蔵の昭和二二年法律第二四〇号農地調整法の一部を改正する法律附則第三条にもとづく本件農地についての「賃借権回復協議承認申請」に対し、昭和二三年三月三〇日、本件農地が昭和二〇年一一月二三日の基準日以前に右訴外人らが本件農地についての賃貸借契約を合意解約して、控訴人に返還し、本件農地は基準日において控訴人の自作地であつたことを認め、不承認の裁定をしたこと、右訴外人らは、右裁定を不服として岩手県農地委員会に対し訴願したところ、同委員会は昭和二三年四月二二日本件農地のうち、添田兼吉に対し一反歩、森孫蔵に対し九畝歩につき各賃借権を設定する旨の裁決をなしたこと、同委員会は、大川目村農地委員会を通じ同年五月一九日付書面をもつて控訴人に対し、右の裁決があつたので爾後本件農地を右訴外人らに各耕作させなければならない旨通知し、そのころ控訴人は本件農地を右訴外人らに耕作させたこと、控訴人が盛岡地方裁判所に対し右裁決取消請求の訴を提起し(同庁昭和二三年(行)第八一号)、争訟の結果、同年八月二日控訴人が昭和二〇年一一月二一日右訴外人らと各賃貸借契約を合意解約したことが認められ、前記裁決を取消す旨の判決が言渡され、岩手県農地委員会は、右判決を不服として控訴(仙台高等裁判所昭和二三年(ネ)第一五七号)したが、昭和二六年五月四日控訴棄却の判決が言渡され、同年六月二八日該判決の確定により第一審判決が確定するに至つたことが認められる。

したがつて、右確定判決により関係行政庁は、前記岩手県農地委員会の裁決を取消す旨の主文及び甲第九号証の二・三により明らかである主文のよつて生ずる理由となつた昭和二〇年一一月二一日控訴人が右訴外人らと本件土地の賃貸借契約を合意解約し即日返還を受けたものであるとの認定につき拘束されるものといわなければならない。しかし、行政庁は法律関係を誤認し違法な行政処分を行つた場合でも、常に必ずしもその処分を取消すことができるものではなく、本件のごとく農地の買収及び売渡処分を終了した後においてこれを取消すことは、法律生活の安定を害し許されないものというべく、前示確定判決により関係行政庁を拘束するところと、さきに行政庁が行つた処分とが矛盾牴触を来す結果となつても、これがために本件農地の買収並びに売渡処分が当然に無効となるものと解すべきではないから控訴人の右買収並びに売渡処分が無効であるとの主張は理由がない。

(三)  控訴人はまた、岩手県農地委員会は、添田兼吉・森孫蔵らの不適法な訴願に対し、権限を超越した不適法な裁決をなし、自ら誤まれる主張を支持するため、大川目村農地委員会に指示して本件農地の買収計画を樹立させた違法があると主張し、岩手県農地委員会が右添田らの不適法な訴願に対し、権限を超越した違法な裁決をなしたことは、以上認定の事実並びに前記甲第九号証の二・三により明らかであるが、そのため本件農地の買収並びに売渡処分が当然に無効となるものとは解し得ないところであり、また全証拠によるも同委員会が自ら誤まれる主張を支持するために大川目村農地委員会に指示して本件農地の買収計画を樹立させたとは認め難く、むしろ前認定の事実、成立に争のない乙第一・四号証、原審証人村田文一の証言によると、岩手県農地委員会は基準日において、本件農地は添田らの小作地であつたと誤認したため、本件農地を買収することが正当であると信じ、大川目村農地委員会に対しその買収計画を樹立すべき旨指示・勧告した結果、大川目村農地委員会はこれにしたがい当事者間に争のない本件買収計画を樹立するに至つたことが認められるのであつて、控訴人の右の主張もまた理由がない。

(四)  以上の次第で、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条・第九五条・第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 島羽久五郎 羽染徳次 桑原宗朝)

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